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"普通"って、なんなのだろうか

最近私は思うのです。""普通""というものの基準はなんなのだろうかと。  私の今働いているアルバイト先は清掃業なのですが、1日のノルマを時間内に終わらせる仕事となります。 その中で度々新入アルバイターが入ってくるのですが、1年前にまとめて入って来た人たちが使えないと、様々な人が言っています。 それはバイトリーダーの教育が足りないのか、元から彼らが使えない人間なのかは、なんとも言えません。 ただ、彼らが使えない人間と呼ばれてしまう理由は、仕事のスピードが遅いからです。  私たちは清掃業で、1日のノルマが決まっています。限られた時間の中で、決められた範囲の清掃をします。あまりにも丁寧にやりすぎると、時間が足りなくなります。問題のないレベルまで程々に手を抜きつつ、こなすしかないのです。 確かにそれは難しいことですが、この何年かは仕事が早い人たちが増えて行きました。しかし1年前にまとめて入って来た人たちは早くない人がほとんどです。 ここで思うのは、""普通""の基準です。早い人が普通なのか、全体の中で平均的な部分が普通なのかと。 この職場の中で、どれくらいの早さで仕事ができる人が、普通と呼ばれるのかと。  このように、私の働く環境で普通というものはなんなのかと、不意に考えたのです。 次第に仕事が早い人が増えてきた中で、仕事が遅い人が入ってくると、仕事が早い人のテンポが普通だからあなた方は仕事が遅い人だと、悪いレッテルを貼られてしまう。そんなことが昔はなかった。自分が入ったころは少なくともなかったのに、冷たい職場になってしまったのか、そうでないのか。 ここで疑問なのは、普通というものの基準は全体の平均値なのか、それとも上位に立つ人の能力なのかです。 上位に立つ人と比べると、他の人は劣っていることになってしまう。 劣っている人が普通、というのはおかしな話なのでしょうか。  私はここ数日、普通の基準を考えていますが、なかなか結論が出ません。しかし、上位の人が基準ではなく平均値と思われる部分が普通となるのであれば、優しい社会のように思えてしまうのでありました。

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